流産

授かってもこの世に出てこれない生もある
流産しそうになった時、そして流産した時、インターネット上の
同じような経験者のHPを見て元気づけられた
だから、私も自分の体験を、思い出す限り全部書いてみようと思う(日付は1999年)

3月6日 妊娠検査薬陽性

生理予定日の朝、妊娠検査薬を試してみたら、薄っすらと青い線。
えっ、妊娠?!心当たりはあるので妊娠しても不思議じゃないけど、あぁ、私も赤ちゃんができるんだとちょっと感動。

しかし、なんという間の悪さ。1年近く専業主婦してきて、昨日から派遣で仕事を始めた矢先。まぁ、妊娠しても働くのはごく普通のことだし、幸い2、3ヶ月の短期の仕事で良かった。

すぐにでも病院へ行きたかったけど、いくらなんでもまだ早すぎるだろうから、来週あたり行くことにした。

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3月11日 初診

派遣の仕事を終え、産院へ。尿検査はなかったけど(妊娠検査薬をしていたからかな)、妊娠はしているとのこと。ただ早すぎてエコーでは妊娠の確認ができないので、子宮外妊娠の可能性があると言われて大ショック!!

1週間後にまた来るように言われて帰宅。次の診察まで不安で不安で、仕事帰りに書店で子宮外妊娠の部分を立ち読みしたり、インターネットで検索したり。妊娠のごく初期では、妊娠反応は出ても、エコーには出ないことがよくあるみたいで、少し安心する。この頃からつわりが始まった。

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3月18日 妊娠確定

胎のうが確認できた! 子宮外妊娠の心配はなくなりホッと一安心。今、4週5日で予定日は平成11年11月20日。うーん、私も妊婦さんかぁ。つわりはめちゃめちゃひどくはないものの、気分の悪い日が続く。

3月19日 出血

夜、茶色いおりもの。腹痛はないけど、これは出血?
そういえば今日、仕事中お腹をちょっと強く打った。でもお腹を打ったり、転んだりすることで流産はあまりないって本に書いてあったし、あまり心配しないほうが良いかな。量もそんなに多くないし、しばらく様子を見てみよう。
つわりがだんだんひどくなってきた。

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3月23日 切迫流産

あいかわらず少量ながら茶色いおりものが続いている。やはり心配になって、20日の夕方、産院へ電話してみると、19日の時点で来院したほうが良かったが、21,22日は連休になるので23日に必ず来るようにと言われた。

茶色いのは時間が経った出血なのであまり心配は要らないが、鮮血の場合は夜中でも診てもらったほうが良い、お風呂には入らず、あまり動き回らないようにとのことだった。

不安な気持ちで、連休を過ごし、23日診察してもらうと、やはり出血で、切迫流産との診断。安静第一、仕事もなるべくなら休んだほうがいい、必要なら診断書を書くからと言われ、書いてもらい、薬を貰って帰る(診断書料はちゃんととられた)。

その日に派遣会社に理由をいい、仕事を辞めた。もう、ほんとに申し訳なくて、平謝り。大迷惑だろうに、気持ちよく了解していただけ、ホッとする。二度とこの派遣会社にはお世話になれないな。

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3月30日 心拍確認

23日以来、ほとんど横になって過ごす。
食事の支度や洗濯は同居の義母がやってくれ、とてもありがたい。
でも、やはりちょっとよく動いたときなど出血が増えるようだ。
結局出血は27日頃まで続いた。

30日、不安な気持ちで産院へ。でも赤ちゃんはちゃんと大きくなっていてくれた。おまけに心拍も確認できた!心拍が確認できると流産の確率はぐっと低くなる。出血も止まったし、きっともう大丈夫だ。

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4月12日 心拍停止

順調なら3ヶ月に入る、2週間ぶりの診察。
エコーがやけに長い。不安が押し寄せる。
「心臓のパクパクが止まってるね。」診察台を降り、お腹の中で赤ちゃんの心臓が止まっている繋留流産であること、流産は全妊娠の10〜15%という確率でおこり決して珍しくないことなどの説明を受ける。

私は他人事のようにボーっと聞いてた。
なぜかあーやっぱりという気持ちが頭の中をぐるぐる渦巻いていた。そういえばつわりが辛くて辛くて、子供なんかつくるんじゃなかったと思ったけ。それが1週間位前から急につわりが軽くなったの。もしかしたらその時赤ちゃんは死んじゃったのかな。嫌だ嫌だと思った私への罰?
説明を受けながら、とりとめもなくそんなことを考え、こみあげてくる涙をこらえていた。

念のため16日にもう一度確認するため、夫と来るように言われ、帰宅。居間の義父母に「ダメでした」と一言いい、2階の部屋にあがりちょっと泣いた。

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4月16日 流産確定

夫と産院へ。
やはり心拍は確認できず、大きさもまったく変わってない。間違いなく流産ということで、4月19日入院、20日手術に決まる。

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4月19日 入院

19日の午後、入院。
持ってくるように言われたものは、ねまき、洗面道具、生理ショーツ、ナプキン、ペットボトルのお茶。
正直言ってもうこの頃は流産のショックより、手術への不安が大きい。夕食を取ったら明日に備えて早めに休むようにいわれたが、なかなか寝付けず、結局眠りについたのは12時過ぎてたと思う。

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4月20日 手術

朝 エコーで流産の確認
9時20分頃  点滴、痛み止めの座薬
左肩に子宮収縮を抑制する注射
子宮口に局所麻酔 ずーんとした痛み

<経産婦は局所麻酔のみだが、私は出産経験がないので眠り薬(麻酔?)を使いますと言われる。危険性が少ないのなら経産婦でも使ってやってよと思う。精神的にも辛いのに、痛い思いはなるべくしたくない。>

眠り薬(麻酔?) 注射か点滴か覚えていない 
1,2、1,2と4回くらい繰り返した後は記憶なし

麻酔より覚めるがまだ処置中 にぶい痛みあり
「まだですか?」と聞いたような気がする 「もう終わりですよ」等の返事がある

処置後、痛み止めの座薬
12時過ぎに病室へ戻る
多少のふらつきはあるものの意識はしっかり

思ったより、術後の痛みはない。それどころか、妊娠して昨日まであんなに悪かった気分が、まるで嘘のようになくなったのには驚いた。まだ1センチにも満たないちいさな命が私の体調をコントロールしていたなんて。そしてその命がなくなったことはやはり悲しかった。

夜の食事はあまり食べられなかった。
翌日の昼、退院。

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入院費用と生命保険

<病院へ支払った、入院・手術費用>
*自費分  室料差額(3日分) 1,000円 + 保険外検査、処置、材料代 11,000円
*保険自己負担分  19,630円 の合計 31,630円

流産は健康保険が適用されるので、思ったより安かった。

ところで、意外と見落とされそうだが、流産は生命保険の給付対象になる場合がある。
私は大手の保険会社の病気入院日額5千円の医療保険に加入しているので、電話で確認。
入院は4日目から給付対象でだめだけど、手術給付金の対象になるので、日額×20倍の10万円が支払われた。
保険会社から送ってきた書類を、病院へ持っていって書いてもらう(文書料として2千円ほど支払ったと思う)など、ちょっと面倒だが、こういう時の為に保険料支払ってきたんだから、貰えるものは貰わなきゃ。

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その後の体調等

退院時、痛み止めの座薬を貰ったけど、使わなくて済んだ。
手術後1週間は入浴禁止、できるだけ安静にとのこと。
1週間後の4月27日と5月7日に産院で診てもらい、異常なし。

先生に、「また妊娠できますか?」と聞いたら、大学病院の不妊の検査の紹介状と基礎体温表をくれた。私としては年齢的に(当時38歳)まだ大丈夫かなぁと いうくらいの軽い気持ちで言ったんだが。普通不妊症の検査って、2回以上流産が重なった時にやるのでは? やはり年齢的にもう時間があまりないことや、心拍確認後の流産ということで(紹介状には不育症と書いてあった)かな。紹介状は貰ったものの、私も夫も是が非でも子供が欲しいっていうわけではないので、 基礎体温はつけ始めたが、結局検査には行かなかった。その基礎体温も3ヶ月くらいで止めてしまったけど。

次の生理はきっかり1ヵ月後の5月20日。若干長めだったけど、特に変わりなく、その後は比較的順調。

お腹を打ったことが出血の原因なのか、出血が流産の徴候だったのかはわからない。初期流産のほとんどは赤ちゃん側に異常があって、どんなに安静にしてて止めようとしても無理だという。もともと育たない赤ちゃんなんだそうだ。それはそれで可哀想だけど。

こんなことをいうと、すごく冷たいように思われるかもしれないけど、流産であまり精神的なダメージを受けなかった。つわりが辛くて、何度も妊娠したことを後悔したし、子供を産み、育てる覚悟がまだできてなかったから、正直に白状すると、ほんのちょっとホッとしたところもある。やっぱり冷たいって思われるかな。流産しちゃった赤ちゃん、ごめんね・・・。

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